再び忘れてもらえない「ひまわりの歌~ヘブンズ・レコードからの景色」
こんにちは、ハルコ。です。
ずいぶんご無沙汰していましたが、久々に書き残しておきたくなり起動致しました。
まずは遅ればせながら2024年5月15日Aぇ! group CDデビューおめでとうございます。
私も信じられないくらい素敵な景色を見せてもらえて、本当に幸せです。
これからどういった方向に行くのかまだまだわかりませんが、グループ仲良く色々な経験をしていって下さい!
この章は「ひまわりの歌」についてですが、実はモーツァルト!も書いていないことを思い出して、こちらは規模がフルMAXなこともあり観られた方も多い中、京本担あるいは家族友人と観劇後、様々な感想を語り合うこともあり十分満足できたのですが(おそらく再演もあるしね)ひまわりの歌はしゃべり足りないこともあり(笑)今後この規模の舞台も出来ると思えないことから思う存分やってみることにしました。
公式サイトはこちらです。
この演目は2025年1月17日~26日(神戸朝日ホール)2025年1月30日~2月8日(有楽町朝日ホール)で上演されました。
佐野晶哉くん主演が発表されたのは2024年10月12日だったと思います。(もっと前だったらゴメン)
佐野晶哉「覚悟を持って挑みたい」音楽朗読劇「ひまわりの歌〜ヘブンズ・レコードからの景色〜」東京公演開幕 | 株式会社キョードーメディアスのプレスリリース
佐野晶哉(Aぇ! group)主演!音楽朗読劇「ひまわりの歌~ヘブンズ・レコードからの景色~」2025年1月・2月、神戸と東京で上演決定! - PR TIMES|cinemacafe.net
初主演作品だと言うことを差し置いても「忘れてもらえないの歌」から約5年ぶりの外部舞台。
私がライオンキングで最後の姿を観てからだとちょうど11年が経ったわけです。
いや佐野くんも大人になるわけですわ。(そして私は順調に老いている。)
だが待ちわびすぎてキリンの二倍くらいに長くなってた首がシュッと一瞬で縮みました。
それにしてもチケット取りに苦労して、今も観られたことが信じられません。私が見たのは兵庫公演だけですが、幸運にも初日に同行させて頂けることになり、同行者さまはもちろんチケット取りの取り方を何度も教えてくれてお心遣いをくれた仲間たちに深い感謝を持って観劇致しました。
当日は阪神大震災からちょうど30年でした。
私も私なりにその日のこともその後にまつわることも記憶にあるのですが、直接被災したわけではなかったこともあり、ずいぶん薄れていたことに反省しました。
そういう意味もあり初日を観劇できたことは私にとって震災を考え直す良いきっかけとなりました。(そのためにこれを書いてる感もある)
この物語は4つのオムニバスによって成立しています。
筋書きに触れていいのかずいぶん迷いましたが、ここを語らないと観た感情まで辿り着けないのでなるべく各章の結末には触れず自分の観たままを描きます。(良くないようならあとで削除します)
導入は震災から5年後、ワゴンで神戸市内を移動する中古レコード店ヘブンズ・レコードの若いバイトでミュージシャン志望のタケル(佐野晶哉)が路上で誰も聴いてない「ひまわりの歌(on the streetバージョン)」を歌っているところから始まる。
そして秘密めいたヘブンズ・レコードの店長(波岡一喜)と今日も店を開ける。
全編にわたってカーラジオからはパーソナリティの花(貴城けい)の番組が流れている。
第一話「おたんじょうび」
会社員の倫太郎(納谷健)が息子の誕生日プレゼントために探している曲がわからないと相談に来店する。
倫太郎と妻・沙織(宮地真緒)娘・春香(Wキャスト)は震災でなんとか助かったが生後数か月の息子・翔太は亡くなった。
目の前の生活に追われ、家族の関係や想いは少しずつズレていく。
ある日、妻が「息子の彫刻を掘ってもらいたい」と言い出し夫の反対を押し切って彫刻家(波岡一喜)に依頼する。
そのことが家族や周囲の想いにある変化をもたらしていく。
途中までキツかったです。しかしそれは大前提にある事実ということでやむを得ない。あくまで個人的な感想では夫の「それはタダの石だ」と妻の(というより母としての)「石じゃない。息子です」に感情以前に宗教性の違いを感じた。
どちらが正しいかではなく、お互いの思想の違いや立場を尊重することは出来るのか?を問われた気がする。
倫太郎が探していたのは去年M!オタは死ぬほど聴いたであろうモーツァルトのレクイエム。改めて身に沁みました。
第二話「残り湯」
震災で電気も水も(申請書を書くための)紙やペンも無くなった神戸で地域住民やボランティアに訪れる人たちを癒すために銭湯を復活させようと繁(加藤虎之介)・恵子(羽野晶紀)夫妻が奔走する話。
とにかく加藤・羽野お二人の芝居が上手い…!!一言一言ズンと重みがあるのに軽妙洒脱でスルスル身体に入ってくる。まるで上質な落語の人情噺だ。
今回の観劇の目的の一方に「このお二人を観る」っていうのがあったんだけど、まんまとしてやられた。
この回は主演三人は基本的に聞き役で、時々アンサンブルとして別の登場人物に回る。それもまた違った顔が見れて楽しい時間だった。(関電の人はグレショーで見かけたような気がするキャラww)
めっちゃ笑ったのに一番泣いた回だった。
恵子さんが一番好きだった曲はガーシュウィンのSomeone to Watch Over Meだった。
この曲は劇団四季のミュージカル「クレイジー・フォー・ユー」の中で「やさしい誰か」と訳されていて私も一番好きな曲である。クレイジー・フォー・ユーは私が四季にのめり込んだ演目で真に震災の前後が関西初演だったので、この選曲に鳥肌が立った。
第三話「灯り」
タケルはチキンジョージ(神戸にある老舗ライブハウス)のオーディションに落ちてヤケクソでバイトも音楽も辞めようとする。そこへやってきたお客さんは高校時代の親友の山崎(島村龍之介)と彼女のユウミ(井尻晏菜)だった。どちらも両親を震災で亡くした二人は惹かれあうようになるが、ユウミにはある秘密があった。
この二人との邂逅でタケルはもう一度ミュージシャンを目指す決意をする。
チキジョー懐かしくて湧いた…!!私にも青春があったんですよ、ええ。(今でも営業しているそうです)
円熟味ある演技の応酬だった二話と打って変わって若手のフレッシュな勢いを存分に楽しめる三話。
ここまで本編からちょっと離れたところで進行していたタケルの物語もガッツリ絡んでくる。
劇場には若い女性が多く見受けられました。もちろん(チケット激戦を鑑みても)ほぼ佐野担であると思っていいだろう。なのでタケルと山崎の高校時代、ユウミとの馴れ初め、悩み、未来を予感させる展開は一番彼女たちに等身大の青春が伝わりやすいものだったのではないかと思いました。
そして書きながら気が付きましたが、山崎とユウミが結婚して誕生した子供が2001年生まれだと考えたら今の佐野くんと同学年ということになる。
薄々感じていたんだが、そこにいたのはタケルでありながら山崎とユウミの未来の息子だったのかもしれない。
これは劇中に示唆されてないし、カンパニーに自覚があったかどうかわからない。でもこの舞台が今後キャストが変わって再演を重ねて行っても、この符号は起こらないかもしれません。
推しがこのタイミングでこの舞台に出演したご縁を強烈に感じました。
第四話「アトリエ」
店長がなぜヘブンズ・レコードを始めたのか、ラジオパーソナリティの花との関係がついに明かされる。
そして店長はタケルに「音楽ってひまわりの種みたいなもんだと思うんだ。お前の音楽はひまわりの種のようにたくさんの人に届くと思う」と言う。
とうとうタケルはオーディションに合格し、チキンジョージのステージに立った。
そして「ひまわりの歌(from Heven’sRecordバージョン)」を披露して閉幕。
嗚呼。
演劇って本当に素晴らしいですね…!!
朗読劇って初めて観たわけですが、壮大な舞台装置と歌や踊りに彩られたものが多いミュージカルを普段観ていると楽しむことが出来るのか一抹の不安は私にもあったことに反して、意外とすんなり入り込めました。最少の動作、音楽、セリフで構成された舞台は演劇鑑賞の原点を思い出した気がします。役者の発する声、表情、想い出を照らす音楽はピアノのみ、感情を燃やす音楽はギターのみ。そして最後に全てが融合する。
なんてゆーかマグロ漁にはマグロ漁のワカサギ釣りにはワカサギ釣りの楽しみがあるっちゅーか(釣りわからんけど)
とはいえ確かにシンプルな仕立てで派手さは無いので、若い方が多い(おそらく演劇経験も多くない人もいるだろう)佐野くんのファンはどう感じたんだろうって気になったのですが、SNSでも好意的に受け取られていたように見受けられました。
そしてその感想を読ませてもらって(ちょっとだけ)長く生きてる私も改めて震災のことや自分の観劇経験を振り返って考える機会になりました。
基本的に演劇は映像や音源は残らない。稀に販売されることもありますが、毎回あるわけではない。いつか思い出すことが出来るように、パンフレットに載っていた「ひまわりの歌」の歌詞を手掛かりに何度も曲を思い返しました。なんかそういう作業も久々で、昨今は映像化や音源がデジタル配信で販売されるような演劇のスタイルも様々に変容しつつありますが、かつての自分に立ち返った気分になりました。
そして何故この舞台のシンボルは「ひまわり」なんだろうと考えていました。
この感想文を書くにあたって色々ネットで調べているうちに、どうやら阪神大震災にご縁のある花であるらしいという結論に至ったのですが、それを知るまでは私の中のイメージは、ソフィア・ローレンの「ひまわり」という第二次世界大戦によって生き別れになったイタリア人の若い夫婦の話で、舞台になったウクライナの一面のひまわり畑が印象的な古い映画でした。
それぞれのひまわりが登場するたび、私の心は色々な想いで揺れました。
私は直接被災を経験していないし戦争も知らないけれど、それでもそれによって傷ついた人を知らないわけではない世代で、ラスト近くでタケルが言う「復興ってなんなんでしょうね」という言葉に、たとえ倒壊した建物や道路が元通りになったとしても「心の復興」は難しいという現実を突きつけられて涙が止まらない。
そしてそれは世代を超えて全ての人が何かしら抱えていることで。
それでも日常の中でみんなの心の中にひまわりの花が咲く瞬間がなるべく数多くありますように、少しでも優しい世界でありますようにと祈りを込めて舞台を見つめていました。
多彩な出演者に交わる佐野くんのタケルは、そこにいるのがとても自然で今まで観た中では一番佐野くんらしいんじゃないかと私の中でも違和感なく伝わってきました。
私が初めて四季で観た時から佐野くんって演じてない空気感がすごくあるってイメージの子だったんですね。良い意味で。これって当時の四季では割と珍しいことだったと思う。もちろん時々そういう役者は出現するんですが、子役でとなると外部でもあまり見たことない気がしていました。(もちろん彼以外の子役たちにもそれぞれの魅力はたくさんあります)
こっちも気張らずに観てられる。まあ今はもう子供じゃないんで身体もスキルも成長もして経験値も積み、自然にふるまう以上に一歩進んだものも感じているわけですが、根本的にそこんとこ相変らずだと思うし、そういう時は本人もノッてる時なんじゃないかと思います。
暗転している時も色々な表情を見せてくれた。
「忘れてもらえないの歌」の時はまだ10代だったので子役だか本役だか判断がつかない時はままあったのですが、ああ大人になったなとはっきりと感じる演技でした。
くっきりと「タケルという青年」を演じられたと思います。
そして「忘れてもらえない歌」の時の安田章大さんの演技も同時に思い出していました。
当時の雑誌のインタビューで安田さんが「時代を超えて忘れ去られていたものをもう一度世に出してファンに届けられるのが、アイドルとして表現する僕らの特権である」(要約)ということを話していて佐野くんが今ここでやっていることはまさにそういうことなんじゃないかと、安田さんのスピリッツはちゃんと受け継がれて佐野くんの栄養になってるんだなと思いました。
今回の舞台でまた色々なものを吸収してグループに持ち帰っていくでしょう。
佐野くんの良いところは吸い込む力も吐き出す力も強いところだと思う時があります。
ちょうどこれを書いている時はD.N.Aツアー大阪城ホールを観た後でした。
楽しそうにお客さんと遊んでるなって思いました。
舞台だけじゃなく色々なところで吸収したものを、思いっきりアウトプットしてるんだと思いました。
ちょっと話は逸れますが、良いライブでしたね。ライブなんだけどちゃんとストーリー性に一貫性がある、それでいてメンバーやファンとも心の距離が近いように感じました。
佐野くんはもちろんAぇのメンバーも皆でこうしてファンにひまわりの種を撒いているんだなあ、その花がいつか空に向かって大きく開いたらいいなって思いながら私もライブを楽しんでいました。
誰にでも私にも、災害じゃなくても人生には何度か困難な事態が襲ってくる時はある。
その時乗り越えるためのひまわりの種は、人によっては音楽だったり映画だったり違いはあるだろうけど、私にとっては観劇でした。
佐野くんが次にいつ舞台に出るかわかりませんが、すぐに決まるかもしれないしまた5年後かもしれない。10年後かもしれない。
私はその時観劇できる状況にないかもしれない。
それでもまた違う舞台に立つ姿を観てみたいと、それまで私も色んなことをもう少しだけ頑張って備えようと思います。
まあチケット激戦問題はあるけど(笑)
私にも皆さんにも、素敵なご縁がありますように。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
シェルブールの雨傘2023
京本大我くん、ファンの皆さん、大千穐楽おめでとうございました!!
ノスタルジックな古典の大舞台に果敢に挑んだキャスト・スタッフの皆さんにスタンディングオベーションを送りつつ、大千穐楽を迎えた今、観劇時には書けなかった怒涛のネタバレツッコミ参りますwww
観劇後にあげたものとは違うもう一つの感想として書いたがXにあげるには長すぎるので久々にブログ起動しました
「シェルブールの雨傘」は、もはやミュージカル界でタイトルくらいは聞いたことあるだろうアイコンと言えるべき名作のうちの一つではある
しかし観劇して「!!??」って思った方も少なくないはずだ
丁寧な舞台製作やキャストの力量に舌を巻きつつ胸の内でツッコミが止まらなくて笑うに笑えない全く清らかではない涙を流しそうになっていた私の想いを成仏させたい
ふざけんな!って思う方もいらっしゃるでしょうが、そういうの大好物なのでそこは超個人的な私の舞台の楽しみ方とご容赦頂いてご笑納下さると幸いです
最初に驚いたのは時間経過の展開の速さだった。
アルジェリア戦争は1957~62の5年間なので逆算したらこういうことになるのかというのは後で気が付いた。
それにしてもジュヌビエーヴ乗り換え早すぎんかwww
ギィが出征してから半年以内に違う人と結婚式あげてるの見てるこっちが追いつかないんですけど!
ママの押しもあったしカサールさんは善人だったから良かったけどクズだったらどうすんねんもっと良く考えろw(カサールさんも本当にそれでいいのか??)
ジュヌビエーヴの母エムリ夫人が娘の交際に反対してる間に税金の督促状が来る(いきなり)
いきなり経営危機を迎えて母は半狂乱だが、そんなん確定申告した時点でわかってたやろ何に使いこんでんwww
国や時代が違っても普通なら税額が利益を上回ることは絶対にない
なので金額が出てきたとき「傘屋さんって儲かるのね…」とか思ってしまった()
いやそもそも帳簿の付け方に間違いがあったのかもしれないが…気になって筋書きが入って来んわwww(でもオサが可愛いから許す)
日に日にお腹が大きくなるジュヌビエーブ。
いや大きすぎない??個人差はあるんだろうし私は生んだことが無いからハッキリ言えないんだけど、年が明けて3月でも妊娠4か月か5か月やんね??
もう明日産まれるんですかっていうくらい大きいんですけど??
結婚式のシーンでベールを操る朝月希和さんの手つきが優雅すぎてパリジェンヌっていうより姫にしか見えず、まあもしかしたら母になり新生活に向かうジュヌビエーヴが娘から大人に変化していく様子を表していたのかもしれないが、ここまでくるともうツッコミ要素が追加されたようにしか見えなくて、もはやオモシロ演目にしか見えない曇った目を持った私しかいなかったですよ、ええ。
とまあここまでツッコんできましたが、話の主軸がギィに変わってからは時間の流れも展開も正常に戻ったように感じたので置いてかれ感も無く素直に受け止めることが出来た
ヒロインに子供が生まれる展開で言えばレミゼやサイゴンを思い出すが、男がクズで戻ってこず不幸な結末に終わったことを思えばジュヌビエーヴの判断は結果的に正しかったのかもしれない。
そもそも日本人である我々は海外の時代背景まで良く知らない。
加えて全てのセリフに音楽が付いていて、時代背景や人物像を観客に伝えることは本当に難しかっただろうと思う。
だからこそ役者それぞれ少ない言葉の制限の中、現代に住む観客にどう表現しようか深めてきただろうし、とても丁寧に演じていらっしゃることは感じ取れた。
この演目はちょっと昔のフランスだが、だからといって他人事ではなくて未来の日本で起こらないとは言い切れない話だと思った。
そこでもう一つ気になったのは、フランソワーズとフランソワはその後、姉弟であることを知る機会があったのだろうか、ということ。
彼らはそれぞれ比較的裕福な家庭で育つかもしれないが、二次的な戦争被害者といえるのかもしれないと思った。
でもフランソワはギィとマドレーヌが結婚していないと生まれていないのでそこにも複雑な感情は生じる。
シェルブールの雨傘に関しての感想はこれにて一区切りとします。
そして改めて京本大我さんお疲れ様でございました。
はっきり言って全てが完璧だったわけじゃないことは、おそらく本人が一番感じていることだろうと思います。
歌がダンスが問題ではなくて、もっと彼自身が放つ存在感とギィとしての説得力を示せたはずだ。
それでも成長の跡は感じられたし、今の年齢でこの作品に挑戦できた意味は、本当にあることだと思いました。
もっと色んなお役が経験出来たら。
思うことはそれだけです。
でも良いカンパニーに恵まれ、一作一作大切に演じていることはわかっています。
私もご縁があって今回の観劇が相成ったこと心から良かったと思っているし、お声掛け下さった皆さんには改めて心より感謝申し上げます。
大我くん、本当に良くがんばりました!
これからも良い作品に恵まれますよう心からお祈り申し上げます。
私も次に観られる時までがんばるぞ!
14:ニュージーズ~新時代たち
こんにちは、ハルコ。です。
2021年も終わりが近づいて参りました。
昨年の全公演中止をふまえ今年最も期待したニュージーズは1公演も欠けることなく11/17大阪梅田芸術劇場にて無事に千秋楽を迎えました。
本当におめでとうございます。
私は現在絶賛ふぬけ状態です(笑)
とにかくパワーと熱気にあふれた若いカンパニーの勢いに押されまくった公演だった。
ストーリー的にもNYの貧しい新聞少年が一致団結し労働条件の改善を要求してストライキを起こすという実話のもとめっっっちゃ簡単にさらに分かりやすく勧善懲悪にしただけなので、物語に深みを与え面白いものにするのは役者それぞれのポテンシャルに掛かっているタイプの作品だと思う。
「リトルマーメイド」「美女と野獣」などでお馴染みのアラン・メンケン氏のキャッチーな音楽と相まって個々の魅力が全面に感じられた成功例じゃないかと思います。(えらそうな言い方ですみません)
以前の記述と繰り返しますが、私は2015エリザベートのルドルフ皇太子から京本大我くんのファンになった人間で、京本ジャックについて語ろうと思えばそれで終わらせることも出来るのですが、この作品についてはある程度全体を通して話をしないと意味わからなくなる気がするので、主な出演者ごとに感想をまとめたので、どうでもいいと思われたところは飛ばしてください。
この演目のMVPを差し上げたい。そもそもニュージーズって人物設定の細かい説明がなされておらず、クラッチーも足が悪い少年であることはひと目でわかるのだが、それ以外は何もわかりません。
しかし相当苦労して生き抜いてきたこと、それにめげない強さや明るさ、ジャックと力を合わせて生きて来た誇り、でも時折見せる劣等感などなかなか複雑なキャラクターであることは、彼の身振りや目線の投げかけ方で裏にあるものが見えてくる。私は作中でクラッチーを見るのが1番楽しかった。どれだけ緻密な役作りをしてきたんだろう。クラッチーの存在が、真っ直ぐ突き進むジャックのストーリーの流れに添いつつも繊細な蔭や奥行きを与えてる。
しかも歌が上手い。この若さで表現力まで身につけて松葉杖でクルクル動いて、どれだけ稽古してきたのか考えるだけで気が遠くなりそうです。
舞台界隈で最近よく名前があがる彼は、この先どんな役者になっていくのか、どんな作品に出るのか、とても楽しみです。
千穐楽挨拶がだんだん成河さんに似てきた気がする(笑)
加藤清史郎(ディヴィ)
私の知ってる子役時代の彼はとても賢くてしっかりもので、10歳そこらと思えない膨大な歴史的背景や脚本の読み込みで裏付けされたのではと感じる少年ルドルフやガブローシュ像を客観的に緻密に作り上げる、まさに天才少年だった。加藤少年ルドルフの「ママ...!!」は思わず駆け寄って抱きしめてあげたい衝動に駆られた(犯罪です)くらい胸にキた。
自己管理もちゃんとしていて界隈の友人とは「こども座長」と呼んでいたくらい。あるいは頭の後ろにチャックがあって開けたらちっさいオッサンが出てくるんじゃないかとか。←失礼
愛くるしい容姿でわきまえることを知っていた冷静なスター子役だった。
しかしディヴィを演じる清史郎くんはとてもエモーショナルなのに驚いた。
時に感情が昂って目に涙を浮かべながら、なりふり構わず演技する彼を私は見た事がなかった。←たぶん私が騙されてるわけじゃないと思う
昨今の舞台役者の基準から言うと小柄なので、役がつくのか心配していたのですが、デイヴィという役に出会えてよかったなあ。
そしてやはり相変わらずの芝居の上手さと、舞台における他と一線を画す存在感はさすがだと思います。
学校も忙しいと思うけど、これからも清史郎くんにしか出来ない役に巡り会うことを願っています。
咲妃みゆ(キャサリン)
なんつーても歌が上手いよなあ、やっぱ...NINEの時も思ってたけどディズニーのヒロインにぴったりな容姿で(NINEはディズニーちゃうけど)ほんとにアニメ映画にいそう。演技で更にそう見せてるところもあるけど、パッチリした目や豊かな声量など、ザ・ディズニー!!に向いている方だと思います。ニュージーズとタップで踊るとこめっちゃ可愛かったです。
キャサリンのソロ「何が起こるのか」は私が見た中では11/16昼公演のが完璧だと思いました。歌詞が曖昧になってるところが全くない。この歌は速いテンポで音階が上がったり下がったり忙しい上にスタッカートが多くてすごくスタミナがいる曲だと思うんですが、後半もダレもバテもないどころか最後の方でフェイクで上げてすぐに戻すっていう自分でも何を言ってるのかよく分からない(伝われ)テクニックもばっちりハマって「決まった!」ってテンション上がりました。
こういうの見れるのが東宝の醍醐味だなあ。
彼女の存在はジャックとは反対方向からニュージーズという作品を力強く華やかにしてくれました。
霧矢大夢(メッダ)
相変わらず安定感抜群のきりやん...最近の私はピピンに続いて色っぽい勝気なきりやん率高めな感じです(笑)
ニュージーズにきりやんが参加しているとわかった時点で「この演目は大丈夫だ」と思ったのと同時に「よっぽど難易度高い演目だな」と察しました。
元男役トップの華と要所要所をピシリと締める機転の良さ、宝塚時代からスキルの高さもちろんとりわけ好きな方でしたが、ご本人もとても愉快な方で、こういう作品にピッタリ。私は勝手にメッダに脚本のハーヴェイさんを重ねて見てました。
「ジャック・ケリー!謎の男!」は未だにどういう意味なのかわからんので何かと掛けた言葉なのか、どなたか私に教えて下さい。
おかえりなさい、きりやん。大阪はあなたの帰還を待ってた。
松平健(ピュリツァー)
知らぬ人もいない時代劇の大御所「上様」ですが、かつて東宝ミュージカルきってのスターだった時があったことをご存知ないお若い方も多くいらっしゃると思います。
私も直接観ていませんが、親世代が「風と共に去りぬ」や「王様と私」を観に行っていた覚えがあります。
なので、正直に言うと歌い方がちょっと古いという気もしたのですが、熟練の演技とスター性でラスボス感ハンパない。
エネルギー溢れるニュージーズたちが束になって掛かっても、ちょっとやそっとでは崩せない難攻不落の城壁のようなスケール感と、時おり見せる憎めないコミカルさ、時代劇では確実に勧善懲悪の善に回る絶対的上様が、今回は悪役となるピュリツァーを演じたのは異例なことであり(長い芸歴の中で全くなかったことは無いでしょうが)ある意味挑戦だった気がします。
私は千穐楽のピュリツァーさんが1番好きでした。若いニュージーズから全力のエネルギーを受け止めるのは大変なことだったでしょう。お疲れ様でした。
サザエさん頑張って下さい!!
ニュージーズたち
めちゃくちゃ長くなるので迷ったんですが、これを書いておかないと話にならんだろう。この際個別は省略させて頂きますが、よくこれだけの若手を揃えたと感嘆します。
このところ最近はかつてないほどアンサンブルのレベルが上がっていると感じていましたが、ニュージーズを観て確信に変わりました。
テレビ番組やコンサートではプリンシパルがソロで歌うビッグナンバーがクローズアップされがちですが、本来ミュージカルはアンサンブルがいないと成り立ちません。良い作品には質の高いアンサンブルは必須です。
ここ何年かも四季や宝塚以外のプロダクションでも、アンサンブルがいわゆる「バックダンサー&コーラス」ではなく専門職と扱われ質が上がっていましたが、それぞれの方の得意分野と言うものがあったと思います。
特にバレエとタップは経験者とそれ以外はやはり違いがあります。若いうちに始めるに越したことはなく、習熟には時間が掛かります。
そしてこの演目にはバレエ、タップ、アクロバット、歌、芝居、努力ではどうしようもない若さというものが必要になります。とりあえずものすごくキツい演目だろう。
各分野の若いプロたち(あるいはその予備軍)が集まったのは、すごいことだなと思いました。
そしてニュージーズの良いところは、他の演目よりも圧倒的にアンサンブルキャストにキャラクターがあり、1回観ただけでもなんとなく見分けがつくほどそれぞれの役回りが重要ということです。おそらくニュージーズはロミジュリのような新人男優の登竜門になるでしょう。(女子の需要がないことが残念です)
私の周りでもそれぞれ「推しニュージーズ」を持っていました。
ちなみに私のお気に入りはブルックリンです。←聞いてない
「ワールドに知らしめよう」「ブルックリンがここにいる」「時は来た」などニュージーズたちが歌と踊りで白熱していくシーンは圧巻で、とりあえずストーリーがよくわかんなかったとしても巻き込まれる強さとパワーがあります。
もし、ですよ?出オチ感半端ないですが、今回はメイン3人がとても良くてニュージーズに埋もれることはなかったですが、再演を重ねていくうちにキャスト全とっかえでプリンシパルがイマイチでもニュージーズたちだけで乗り切れそうな気がします(もう黙れ)
とにかくそれくらいニュージーズたち素晴らしかったです。今後違う舞台でお目にかかった時は注目します!
蛇足ですが脚本家のハーヴェイ・フェアスタイン氏について述べさせてください。
本来は俳優ですが「トーチソング・トリロジー」「スプレー」「キンキーブーツ」の脚本家もつとめていて、いずれも私の人生において上位を占める好きな作品です。そりゃ間違いないです。でも正直に言うと上記の作品に比べれば鮮烈さに少し欠けると感じたのも確かです。元の映画があるし、ディズニーという制限への配慮が少しは影響したのかなと思います。それでもスカッと爽快感のあるストーリーにまとまっているのは流石だと惚れ直しました!
私にとって本物のローラ姐さんはハーヴェイさんだと思う。
キンキーブーツ本当に楽しみです!
話がそれた
さて我らが京本大我(ジャック・ケリー)です。
ここまでで既に力尽きそうです。がんばれ私。
まず、本当に良く歌えてる。
ミュージカルの場合の歌唱は、音程が合ってるのは大前提として歌詞が観客に全て届くかということが重要になってくる。大我くんに限らず、ポップスからミュージカル来た人の歌い方は呼吸を多く吐く感じで、子音と母音の境界がはっきりしない人が多い。そうなると歌がセリフとして劇場の奥まで通りにくくなると思います。でもあくまで個人的な感想ですが、16日夜の公演の「サンタフェ」は完璧でした。
何かひとつ掴んだな、と想いました。
ジャックとクラッチーの掛け合いは何より楽しかったし、キャサリンとのやり取りはわくわくしたし、ピュリツァーさんとの直接対決は将来を期待するに余りある未来のスターのオーラを感じた。
でも(おそらく)表現力が元から備わっているぶん、そこに頼りすぎてちょいちょい基礎力が足りないの見えちゃったりもするのですが、そこは数をやればどうにかなる問題です。まだ若いしね。
それでもカンパニーの熱量やチームワークにピッタリハマっているのが、個人的には「納まるべき箱にしっくりハマった」ような感じがして大変喜ばしい。
大千穐楽はだいたい舞台上も客席もお祭り騒ぎだが、カンパニーに別れ難い家族的な雰囲気を感じて改めていいカンパニーだったんだろうなと胸をつかれた。
これまで書いてきたように圧倒的に個性の強いカンパニーの主役、ジャックを演じることは物凄いプレッシャーを感じたのは間違いないだろうし、同時に稽古場に足を踏み入れた時に、あのキャスト陣とその場所に立つ果てしない喜びを感じたのではないかと思っています。
大我くんはアイドルだけど、本当にミュージカルを愛しているから。
それくらい生き生きしていた。どんな時よりも舞台で放つ華やぎや輝きは別格なような気がします。
目がミュージカルスターの目だ。
いやルドルフの時からずっとミュージカルスターの目なんだけど。
井上芳雄くんや城田優さんがある日突然私の想像を超えるパフォーマンスを見せた時のように、いつか不動の0番になれる人だと思います。
あと望むことはただ1つ。
これから先も良い作品に恵まれたらいいな。
面白くて、華やかで、充実感でいっぱいになる、そういう舞台人に成長してくれたらうれしいと心から願っている。
これからもずっと界隈では「あの事務所」というフィルターが付きまとうのは仕方がない事だと覚悟しているし、そういう意味では「ミュージカル俳優」と呼ばれる日が来るのはなかなか難しいだろうなと何度も考えるけれども(しろたんもそう呼ばれるようになったのは最近だし)、諦めず時間を見つけてお稽古を続け、定期的に舞台に立ち続けてくれたら、いつか本当の答えが出るのかもしれない。
ニュージーズは昨年の中止を受けてやっと公演出来た演目なので決まったときはまだCDデビュー前だった。(ルドルフ役を受けての抜擢だったと言える)
SixTONESとしてメジャーデビューした今、最初に頂く演劇のお仕事はなんだろうと今から楽しみです。それが何年後でもかまいませんから。
あといつかミュージカルナンバーで大我くんのソロコンに行きたいです。全部それでセットリスト組むの無理でもエリザベートやニュージーズだけは本役ということもあるし使用許可が降りるかもしれない。(HARUTOでもいいよ!)
この千穐楽が終わりじゃなくて希望の始まりであって欲しい。
金の卵たちは、ニュージーズという船で果てしない航海を始めた。
などと某 財宝探すアニメみたいなこと言い出したので、この辺で区切ります!!(ダメだ拗らせが酷い気がする)
このブログをアップしたのは12月3日、奇しくも大我くんの27歳のお誕生日となりました。
大我くん、ファンの皆様、誠におめでとうございます。
この1年が豊かでありますように、彼の前途が明るいものになりますように、心からお祈り申し上げます。
13: ナイツテイル〜へぼ愛しい二人の騎士物語
こんにちは、ハルコ。です。
お友達からお誘いがあり、9月26日夜公演を観劇してきました。
3年ぶりの再演で私は未見でしたが、観て良かったと思います。
実はこれ仲間うちでは評価が賛否両論ある作品なんですが、私は「面白い」に1票投じたいと思うので、私なりに楽しかったポイントを書きたいと思いました。
大阪公演は残念ながら初日から13日まで公演中止となり、後半しかなかったのですが、無事に千穐楽を迎え、まだまだ東京、福岡と続きますので、もし行ける範囲で迷っていらっしゃる方は、是非1度観て頂きたいと思います。
そして語り合いたい(笑)
ネタバレになるかと思うので、未見の方はお気をつけください!
前提として私が若いころ古代ギリシャ時代の大ファンだったと言うことです。←そこか
そこここに感じられる古代ギリシャ音楽の要素にすっかり興奮してしまいました。たまたまかもしれませんが、和楽器って古代ギリシャの雰囲気に合うんですね...!!
舞台は古代ギリシャの都市国家アテネ(アテーナイ)とテーベ(テーバイ)、アーサイト(堂本光一)とパラモン(井上芳雄)はテーベの王の甥で従兄弟同士で親友でもあり、エミーリア(音月桂)はアテネの大公シーシアス(テセウス:岸裕二)の妹であり、それにアテネの牢番の娘(上白石萌音)の4人が主となって物語が展開されます。
※この時代とアテネ・テーベの抗争とは少し合わない気がしますが、そこはどうでもいいことにします
※古代エジプトにもテーベという都市があるんですが、この場合はギリシャの独立都市国家のテーバイのことだと思います
正直言ってドラマシティでも成り立つのではと思うほどあっさりしたストーリーですが、キャストから舞台美術からオケからアンサンブルまでこれでもかと盛り込んで力技で帝劇作品に仕上げた感はある。
が、エリザベートでも「なんだこりゃ」って思う方もいるでしょうし、牢番の娘の真実を知ったエミーリアに「お前は今までどこを探してたんだ」とか、「(牢番は)生きてたのか!」とかツッコミどころは山ほどありますが、ある意味ここまで簡単なストーリーで思いっきり豪華に作りこんでるというオーソドックスなミュージカル手法は、むしろ近年あまり見ない気がするので、ああグランを観たって気がします。←そうか?
この舞台の醍醐味は光一アーサイトと井上パラモンの2人のコンビネーションで舞台の屋台骨を担っていることで、一貫して温かい物語になってることだと思います。
私は今までこういう芳雄くんを見たことが無かった。
自称日本一帝劇の0番が似合う男・井上芳雄という人は、その名に恥じずいつも1人で舞台を背負ってきた。
Wキャストの時でも同役と一緒に出るわけではありませんし、板に立つ時は並び立つものなき孤高の絶対的プリンシパルとして存在していて、元々その方が本領発揮できるタイプだと思うけれど、この舞台ではその重荷を2人で分け合ってしかも心から楽しそうなのが伝わってくるのは大変貴重なものを観れた気がしました。
そして芳雄くん信じられないくらいイケメンだった。
私の中に井上ルドルフがフラッシュバックしてきて頭が忙しかったです。
こんなイケメンって思ったの久しぶり...!!←いや今までもイケメンだったんだけどこんな押し出して来なかった気がする
本当に愛らしくて瑞々しい若さに溢れた、イケメン芳雄たっぷり堪能しました!!
やはり舞台に立つ井上芳雄はトップスターとしか言いようがない。
キャラクターはある程度当て書きされてると思うんですが、相手を呼び合う時「愛する従兄弟よ」とか「大切な従兄弟どの」とかいちいち枕詞がつくんですが、本当に心から出ている言葉のようで、この2人がプライベートでも親しいことは近年で周知のこととは言え普段からこういう感じなのかな?と想像してしまって微笑ましく感じます。
これは他の人のセリフにもあってシーシウスもいちいち「美しいヒポリタ」「麗しの妹よ」とかあるのがなんだか古典らしく楽しくて、「次はなんて呼ぶんだろう」とワクワクして待ち構えてる私がいました(笑)
ディスってる訳でなく怒らないで欲しいんですが、堂本光一さんは本当に小さい方ですね!?
私はコロナ前、またまたお誘いでSHOCKを1度同じ梅芸で拝見したことがあるんですが、周りも割と華奢なアンサンブルで固めていたのか、あの時はここまで小さいと思っていませんでした。
お顔立ちも小さく整っていて、(上白石萌音ちゃんを除くと)あのキャストの中ではまるで女の子のようなサイズ感で、井上芳雄さんとの向き合った時の体格差に驚愕を覚えました。
芳雄くんがしろたんみたいな巨人()に見えるぞ...!?
しかしアーサイトは大きく割と荒々しく動き回り興奮するとすぐ食ってかかり、まるでキャンキャン吠える気の強いオスの小型犬みたいに見えます(頭にリボン付きのやつ)。
そしてパラモンはまるで大きな赤ちゃんです。
「さてはパラモン、お前バカだな...!?」と何回思ったかしれません。
詳しい年齢設定はわからないのですが、当て書きなら多分アーサイトとパラモンは同い年でしょう。
でも何となくアーサイトは兄のように振る舞い、パラモンは弟のようにも見えます。
ちっさい兄とでっかい弟のやり取りは内容がうっすいのに(こら)本人たちは至って真剣で、本当に少年のようで、正直なところ観る前は「40過ぎてて大丈夫なのか?」と思ったりしたのですが、まだまだ2人ともプリンスでいけるわ。
さすがジャンルは違ってもそれぞれ舞台上のトップを走り続けた人たちなんだな。
そして井上くんは、弟なんだけど得意な歌では光一さんをしっかりささえ、良さも引き出している。
芳雄くんの上手さとオーラは流石だなと思うのは、ソロはもちろんのことデュエットやコーラスでも芳雄くんが入ると一本芯が通ったようになってグッと言葉が入ってくること。
触れるのが難しいところですが、光一さんと上白石萌音ちゃんのミュージカル性について触れておきます。
現時点で2人をミュージカル俳優と呼ぶのは難しいことです。
しかしそれを「下手」と呼ぶのとは違うと思います。
特に光一さんはスターシステムの頂点にいる1人ですから、自分に出来ること出来ないことを冷静に把握した上で徹底的に稽古をやりこんでくる頭のいい人だと思います。
言わゆるミュージカル的な歌やダンスではないですが、現に音を外して来なかったし、聴きづらい見苦しいという違和感も大きく感じなかったし、単に「違うジャンルを突き詰めた人なんだな」と思いました。
なのにこのジャンルの世界観にチューニングを違和感ない程度にはあわせてくることが出来る。
ここまで来ると観客の好き嫌いもあると思いますので、そこは割り切って今後もご自分の目指す方向性で高めて行って下さっていいと思います。
が、私としては現時点では相手役次第だなと思っています。
今回は1番の相手役が芳雄くんであったこと、2人の相性がハチャメチャに良いと言うことが成功の1つかもしれません。
むしろどっぷりミュージカルの手法にハマらないほうが面白い人かもしれない。
萌音ちゃんは本当に芝居の上手い人でした。スっと胸に沁みてくる鈴を振るような音楽的な台詞回しはキャスト中でもずば抜けていて、ずっとセリフを聞いていたいような、この衝撃は私が濱田めぐみさんや高畑充希ちゃんを初めて観た時の感覚に近い。
歌は上手いのですが、まだ完全にミュージカル歌唱になっていないところも多くて、それでも2幕に入っていくにつれて違和感は無くなってる。
「はやウタ」という番組で披露した「牢番の娘の嘆き」と言うソロナンバーは劇中でもポップスに近いので、本当の実力は伝わりにくいのではないかと思います。
そしてダンスが上手で驚きました。
これは絶対なにかやってたな、と思える足さばきでした。
まだ23歳と若く、今後舞台を重ねて行けばミュージカル女優として花開くかもしれないのですが、何せ彼女は今をときめく人で次回の朝ドラも決まっているほどですし、今後もストプレはあってもミュージカルの作品に恵まれるのかなぁとそこは疑問に思います。
身長もとても小さいので、型のある翻訳もののミュージカルにいくつも合う役があるかどうかもわからない。
彼女でなければ出来ない、そういうスター街道を行く人になるのだろうと、
いつか「ウェイトレス」のようなミュージカルをやってくれたらいいなと思います!
音月桂さんは何も心配ない安定さ。
まさにミュージカル女優の典型で「美しいエミーリア」と呼ばれるのにピッタリ。
悠々と歌う声もセリフ回しも安心して聴けます。
優美でおだやかで時々カッコイイ()
アーサイトやパラモンよりカッコよく見える時がある。(さすがです)
私はフランケンシュタイン以来ですが、なお一層良くなった気がしました。
そう言えばエミーリアと牢番の娘とのやり取りは、アーサイトとパラモンの関係性と似ているかもしれませんね。
シーシアス(テセウス)の岸裕二さんと美しいヒポリタが島田歌穂さんで震えがきたわ。
この2人だけが実在される(?)と言われる人物で「真夏の夜の夢」観に行く人はここテストに出ますからね!(笑)
岸さんがこんなカッコイイ役をするの久しぶりだわ...。
うれしい...。
島田歌穂さんはパッと出てきただけですぐ気が付きました。
あの華やかさ、流石だと思います。
今でも舞台に出ると「美しい」と思える姿を維持し、一声聴くと誰だか思い出せる個性、正直言ってこんなに長くプリンシパルでいるのも大変だろうと想像できるけど、今の方が脂が乗ってるように思えるのは、私自身も励みになる想いでした。
それは大澄賢也さんにも感じます。昔より今の方が魅力的でいい。でもここまで来るのにどれだけ稽古したんだろうと考えると気が遠くなりそうです。
彼らを見ると努力は決して裏切らないんだと思えてきます。
大澄さんを始め、この舞台の最大の見所はダンスと言えると思います。
特に1幕のラストから2幕の最初にかけての狩のシーンは圧倒されます。
馬に乗った狩に興じる人々の動きもそうですが、雄鹿と雌鹿たちの動きは生命力に溢れて美しく、特に雄鹿の力強い美しさに目を奪われました。
かなりバレエが上手な人なんでしょうけど、爪先の美しさ、パの処理の正確さで本当に森の生き物として神聖なものを感じます。
ダンスがお好きな方にもあの鹿たちの動きを見てほしいですね!
このメンバーで再再演が出来るかどうかわかりませんけど、次回があれば、あのへっぽこ可愛いアーサイトとパラモンと美しい鹿たちを観るためだけでも行きたいなと思っています。
本当は直前にレ・ミゼラブルを観に行く予定だったのですが、コロナ禍に巻き込まれ全公演中止になり、それは私にも相当な衝撃を与えました。
ナイツテイルも大阪前半が中止が決まり成り行きを見守っていたのですが、後半が無事に開催となり、観られた巡り合わせに大きな喜びを感じました。
この2年足らずの間に、観劇の楽しみ方も想像もできない形に変わり、それに伴う私自身への負担も大きくなっているのも感じています。
まず無事に劇場に辿り着き観劇に漕ぎつけるのがこんなに大変になるなんて誰が思っていたでしょう。
終わったあとも一抹の不安と罪悪感をぬぐえないことは否めません。
決して無理はしまいと思っていますが、その分観ることが出来た1つ1つが宝物のように美しい記憶として刻まれています。
これからも素敵な記憶が増えますように。
12: スタンディングオベーション〜赤の潜在能力


こんにちは、ハルコ。です。
去る9/6ご縁があり京都劇場で「スタンディングオベーション」と言う舞台を観てきました。
ジェシーくん、ファンのみなさま無事の千穐楽おめでとうございます。
相変わらず好き放題言っておりますので、一つ優しい目でお読みいただくとありがたく存じます。
まず幕が開いてあまりの豪華さに驚きました。ジェシーくんのスター性は疑うべくもないし「少年たち」しか観たことないけど舞台役者だったとしても主役の器だと認めているが、別に舞台を主軸に活躍しているわけでもなく、正直なところ結局アイドル舞台だしなぁってちょっと舐めて掛かってたところがあったのは認めます。
主役がカッコよく見えるように作ってればいいんだろうな、とか色眼鏡ですよねスミマセンはい(殴らないで)
しかし主役のみならず脇役の隅々までどう考えてもエリザやレディベスに匹敵する衣装(興奮していちいち防振でチェックしました)セット、照明、音楽のセレクト、パンフレットも大変豪華で写真も美しく、観劇気分を盛り上げます。しかも最近は作られないことが多いパンフレットを入れるビニール袋も付いてくる(笑)
見終わった後も贅沢で満たされた気持ちで劇場を出ることができました。
欲を言えばこれだけ作り込んで会場が京都劇場の規模はちょっと勿体ない気がしました。
割と格式は高いと思いますが、ビルトイン方式の劇場なのであまり大きくはなく、少々窮屈な印象は否めなかったのです。
特に死神のダンスの中にアントラッセという跳ぶパを全員でやるところなどは幅もギリギリでジャンプを調整していたように思います。たぶん全員もっと跳べる。
セットにぶつかるんじゃないかとヒヤリと致しました。
兵庫県立ならオケも入れられたのになあ。(京都劇場も入れられるのかもしれませんが、過去に私が観た演目ではオケが入った事はなかったです)
しかもジェシーくんにはやはり主役のオーラがある。
共演の寺脇さんも180センチくらいある大柄な方で舞台映えする人ですが、ジェシーくんは圧倒的に大きく見えました。それは衣装のせいだけでは無いような。
初舞台なのでコントロール出来なくてオーラが暴れてるっていうか笑
舞台が縦にも横にもぎゅうぎゅう詰めに思えたんですよね。
物語の流れは「ブロードウェイと銃弾」をご存知の方は、基本的に同じと思って下さっていいです。「ジョージ二世」という舞台の上演中をめぐるバックステージものです。
ただし主役はブロ銃でいうデイビッド(演出家)ではなく鳴島誠也(主役のアイドル)に視点が変わります。
ジョージ二世の上演中に大物政治家が殺害されるニュースが流れ、犯人が客席に紛れ込んだという情報を得て刑事たちが楽屋に乗り込んできます。
しかしこの舞台が実に奇妙で主役のアイドルは25歳なのに75歳の国王を演じ、息子や娘は芸歴50年の芸に厳しい大物俳優やプライドの高い某歌劇団元トップが演じるという(この辺ニヤニヤしちゃいました。ええんかこんなん言っちゃって笑)不自然な配役なのに演目はコテコテの古典劇で格調高すぎて、客席にいるさすがのアイドルのファンたちも睡魔と戦っているというちょっとシュールな状況。
楽屋ではクセの強い役者や演出家たちが、それぞれが抱えてる事情や思惑もあり、犯人を捕まえにきた刑事2人も加わって、てんやわんやしている。
「表でやってることより楽屋で起こってることの方が面白いじゃないか!!」
(刑事=寺脇康文)
それなwwww
舞台にまつわる大人の事情とか舞台裏のあるあるが散りばめられていて、私などは楽しめたのですが、脚本としてはちょっと詰め込みすぎかと思いました。もう少し要素を減らしてスポットを当てるキャラクターを絞った方がわかりやすい気がしましたが、ソロナンバーのあるミュージカルではなくストプレで、喜劇なのでテンポも早く詰め込めるだけ詰め込んで楽しいものを目指したように思います。
膨大な知識量、何より戯曲をモノする圧倒的な熱量を感じましたので、若い主役を頂いて発信する内容としてはずっしりとした手ごたえがあって私は好きです。
何より役者がそれぞれ芸達者ですよね!
ジェシーくんに加え、地球ゴージャスの寺脇康文さん、ジュリエットも勤めた新進の若手女優清水くるみさん、元トップ男役の水夏希さん、うん何でこのメンバーでミュージカルにしようと思わなかったんでしょうね!!!!
作曲家も付けたらお金掛かるけどその分チケット代に上乗せするなりキャパ増やすなりしてくれても良かったんですけどね⁉︎
せめてものファンサービス?(劇中でもセリフとしてあるんですが、ホンマにそうだと思う)としてヘンデルのハレルヤを水さんが歌ったりジェシーくんもソロナンバーが1曲あるんですね。
ジェシーくんは台詞として喋るより歌う方が得意かもしれないと思います。
劇中歌として歌う歌はいつもパワーがあり、聴いてる私もストンと身体に入ってきました。
ただ台詞に関しては不慣れなだけで、私は彼に可能性を感じました。
とにかく台詞回しのリズム感がいい。
まだ発声も抑揚も洗練されていなくて、ジョージ二世の演技も老人と言うよりも時々ビートたけしさんみたいな動きになってて笑っちゃいそうになるんですが、台詞回しは気持ちよくて見てても苦痛を感じませんでした。
ジョージ二世はシェイクスピアっぽいけど聞いたことないので実在しない戯曲をわざわざ作ったのかもしれません。
それでも古典劇の形式を取った脚本は台詞量も膨大なものだし、役者は台詞の多さと難解さに振り回されて全ての言葉を消化し切れないことも良くあるし、音楽的な節回しまで到達していない役者も多くいます。
それは観客も言葉が情報として入ってこなくて置いてけぼりになった感が起こることもある。
しかも多重構造の脚本って難しいしなあ。
(話はずれますが鳴島誠也くんのファンがたくさん客席に来てることになってるんですが、アイドルを観に来てるのに推しがずっとおじいちゃんで延々小難しい台詞ばっかり言ってたら眠たくもなるわな笑)
ジェシーくんは本来歌うのが本職だから良かったのかもしれません。
私は現時点では上手だと思いました。
いつかシェイクスピアも挑戦して欲しいけど、やっぱりミュージカル向きだと思います。
楽屋部分では登場人物それぞれ抱える事情を説明する台詞も多く出てくるので、話の展開がブツブツした印象もあったのですが、プロデューサー役の有川さんと女優役の水さんはさすがに上手ですね。あの短いやり取りの間に腐れ縁の2人の間に流れる歴史や感情の変化など、脚本の裏から読み取れる繊細なものを良く表現されているのが伝わってきました。
また、清水くるみさんも声の通りの良さも相まって説明っぽくならず、嫌みもなかったです。←相変わらず可愛いw
そう言う部分はジェシーくんはまだまだですが、何しろ初めてのことでよく頑張ったと思います。
わたしは以前SixTONESのファンになった理由に、ルドルフの大我くんを除けばジェシーくんの存在を挙げましたが、その事はその場では詳しく書かなかった(もう疲れてた笑)
この機会に整理しておくんですが、お読みになった皆さんうすうす勘づいてると思いますが私は直感的な人間でファーストインプレッションに理由を後付けするタイプの人間です(知らん)
でも「この人はスターになる」と思って外れたことはあまりありません。
別に凄くも何ともなくて圧倒的にミーハーなんだと思います。
そして「アイドルだからミュージカル俳優になれない」とも思っていません。
実際に大我くん以降、何人かJ事務所に在籍したままグランミュージカルに出ている人も何人か出てきました。(彼らは今はアイドルではなく本職の俳優を目指す人々ですが)
むしろミュージカル俳優がアイドルになるより無くはない気がします。
でも本職のミュージカル俳優になる必要もなく、大我くんがルドルフに抜擢されいわゆる「小池チルドレン」と認識され「アイドルとミュージカル俳優二本立てでやる」と決意表明している事は割と珍しいんことなんじゃないかと思います。
ジェシーくんは演技の仕事はやるにしても舞台に力を入れる気は全くなく、ミュージカルも選択肢にすら持っていないと感じましたし、ならば別に私が推しに頂くことはしなかったのですが、やらないだけで舞台での潜在能力は強く感じました。
大我くんはそれが出来る素質もやる気にも満ちていると思ったからこそ私のような門外漢でもアイドルとしての成長を含めて見届けようと想い至ったのですが、初めてグループを見た時、当時ハタチかそこらのジェシーくんを見て「ルドルフがもう一人おる…」と気づいたのでした。
現実的には同じ事務所から同世代で何人も同役は出ませんでしょうから、あくまで概念としてのもう1人のルドルフ。もしアイドルじゃなかったら確実にあり得たと思う。
やっぱり大手事務所って層が厚いなあ。そういう人たちが同じグループにいるってことが起こるのか…。
今までは違うジャンルで片付けられたものが、ナチュラルにこっちの世界も行ったり来たり出来る人材までいるのかと思ったりしました。
この10年ほどの間で韓国ミュージカル界はものすごい進化を遂げましたが、その一端にはKPOPアイドルでミュージカルも二刀流の人もずいぶん増えて、日本もいずれそうなっていって然るべきだなと感じました。
あるいはルドルフにならなかったとしても、トートを演じていた井上芳雄さんと城田優さんは同じ役を担いながら前者は絶対的プリンス、後者は言わば帝王の器である。
2人を当てはめるなら前者は大我くん、後者はジェシーくんとなる。
たまたまエリザベートの話をしましたが、本来持ってるタイプが違うので、別に作品や役柄は被りません。
いみじくもジェシーくんは優さんがトートを初めてやった年齢と同じ歳になりました。
どうしても11年前のあの日を思い出して溢れてしまいそうな気持ちを抑え込んでスタオベでカーテンコールを見送りました。
初めて見た時も優さんに似てるな、と思った事は認める。
顔や姿というよりも、オーラの強さや可能性の大きさが。
そしてこの舞台での佇まい、第一声のインパクトの強さ、城田トートを初めて観た時の衝撃と近いものを感じました。
ジェシーくんもまた紛れもなく舞台の世界でも未来の流れを変えられる逸材になっただろうと思います。
でももはや彼は城田優に似てる少年ではなくて、1人のエンターテイナーとして歩み始めた。
舞台を愛するものとしてこれっきりになるのは心から惜しいなって思うけれど、ジェシーくんはどの界隈でもスターと望まれる人材だと思う。
この舞台を通して、彼の未来予想図にミュージカルがある世界は付け加えられたのだろうか。
今の破竹の勢いが続けばミュージカルは仕事の1つとしてあるのはあるだろうけど、彼はその時に何者として向かい合うのだろう。
いつかもしもグランミュージカルにジェシーくんが出ることがあれば、一度でも観るチャンスがあればいいなって思います。
でも万が一そんなもん観たら私がヤバいことになりそうなんで、そんな日は来なくていいような気がする(笑)←ヘタレか
ここまでお読み頂きありがとうございました!
追伸:カテコでジェシーくんがこの日から帝国劇場で樹くんが出演する「Dream Boys」が幕が上がること、10月から大我くんの「ニュージーズ」も始まることご案内してました。ステキな気遣いでした。
追伸02:私は見かけていませんが、この公演にはAぇ! groupの年下組が見学していた模様です(もしかしたら佐野くんもいたのかも笑)。この演目から何かを感じ取ってくれていたらいいですね。
11:マシーン日記
こんにちは、ハルコ。です。
2021年3月8日に京都ロームシアターで上演中のマシーン日記を観てきました。
公演中なのでネタバレはなるべく避ける方向で。
とにかく強烈な舞台だった。
まず舞台美術がすごい。
丸いリングを観客が取り囲んでいるような作りで、ど真ん中に設えた舞台は回転したりちょっとした奈落があったりする。
客席の後ろの壁に映像が映し出されたりハコ全体が異様な雰囲気を盛り上げている。
取り囲んだ観客が中央の円形をじっと見つめる情景は、それも含めて舞台装置なのだと感じられる。
全景が分かると鳥肌が立った。
∞(現SUPER EIGHT)の横山裕さんはAぇ! groupのプロデューサーなので観に行ったんですが、直接拝見するのは初めてです。
いや横山さんは若々しいな…。
勝手に安田さんと同じくらいの年齢だと思ってたけど後でお友達に実年齢聞いて軽くビビった。
横山さんと森川葵ちゃんは本当によくがんばった。
これだけのボリュームの台詞と動きを身体に落とし込むだけでも大変だったと思う。
まず4人の呼吸を乱さないという前提の上で、それぞれの役にあった表現方法までも求められる。
「文学処女」で優さんと共演した森川葵ちゃんの舞台仕事を見たかったのがもう1つの目的だったんだけど、想像どおり猛烈に消費カロリー高い舞台で、本来は白玉のように可愛い葵ちゃんがボロボロになりながら体当たりの演技に挑戦している姿に、感傷的にならないよう静かに見守ることにもエネルギーを要した。
特に秋山菜津子さんの巧さに惹きつけられっぱなしでした。
なんであんなさりげなく的確な演技が出来るんだろう。
それでいてパンチが効いていて、立ち姿でこの異様な世界観を切り取っている。
重く、苦しく、痛々しい展開で、膨大な台詞量と動きで与えられる情報量が洪水のように押し寄せてくるので、情報処理しながら見るのは大変なこと。
しかし理解出来なくてもいいような気がする。
むしろ「わかるもんなら、やってみろ」という作り手の挑発的な笑顔が垣間見えて私もニヤニヤしながら観ていた。
90年代、色んな舞台がしのぎを削りあったよねえ。
だが単にトンガってるだけじゃなくて、この異様な世界観から観客から目を逸らされないように、脚本も演出も実に良く練られていて緻密に計算され尽くされている。
そしてそれを実現するために、実は膨大な費用も掛けられているだろうと感じている。
この状況で、よくこんな事出来たなぁ。
ご無事で完走なさいますよう、心から願っております。
久々に手ごたえのある演劇を観たと思えた。
観られてよかった。本当にありがとうございました。
お誘い下さった方はそもそもラブピで知り合った方で、久しぶりに舞台のお話が出来たのもすごく楽しかったです。
「またブロ銃でお会いしましょう」
と言い合ってお別れしたが「またね」がある事が本当に幸せだとしみじみしながら帰路につきました。
10:ティボルトとMariage
こんにちはハルコ。です。
我ながら思ってた以上にロミジュリに対して愛が激重で引いてます。
しかもMariageどこ行った?
いや、ちゃんと繋がっていくハズなんでそっとしておいてやって下さい。
おそらく若手俳優に推しを持つ全人類が最も推しに出てもらいたいと願っている演目、ロミオ&ジュリエット。
今回は城田ティボルトです。相変わらずネタバレ注意です。
まずはティボルトとはどういった人物なのか語らせてやってください。
あくまで個人的見解なんで、有識者の方には違った意見もあるかと思いますが。
原作では彼は「ジュリエットの母方の従兄(キャピュレット夫人の兄の息子)」としか出てきません。ロミオの親友マーキューシオと、なんだかわけのわからんケンカしてわけわからんうちにロミオに刺されて死んでます。
が、実はティボルトはミュージカル版においては3人目の主役と言える重要な役なのです。
ある意味主役でも良いくらい。ミュオタ仲間の間ではロミオ派とティボルト派に分かれることもあり、ロミ&ジュリのイチャイチャはどーでもいい過激派からはタイトル「ティボルト」と呼ばれることもあります。←暴言
ここではティボルトの人物設定は大きく付け加えられていて、原作と同じく相当ヤサグレているようですが、さらに具体的に作られていて、加藤ティボルトがオンナをたらし込んで食わせてもらってるようなら、城田ティボルトはカツアゲとタカリで食ってるような感じでした(伝われ)
キャピュレット卿に「働け」と言われていましたから、まあ当たらずとも遠からずでしょう。
一見不良の権化のような彼は従妹のジュリエットに密かに恋していることになっています。しかしキャピュレット家では従兄妹同士の結婚はタブーとされている。これは私の解釈では、キャピュレット家が過去に近親婚を繰り返していた経緯があるのではないかと思っています。言及はありませんが、ティボルトはキャピュレット夫人の甥なのに跡取りであることはキャピュレット夫妻も遠い縁戚関係があるのではないかと思えること、実の叔母と甥が男女関係にあることは、古代によく見る財産を守るための血族結婚をしていた以上に、この一族の恋愛嗜好が同族に惹かれやすい傾向があるような気がします。
正義感の強かった少年が愛する従妹だけは結婚を許されないと知って荒んでいくことは舞台の中から読み取れます。
キャピュレットでは兄が妹に想いを抱くような禁断の恋ですから。
ジュリエットもまた卿の実の娘ではないことを母から知らされます(でもティボルトと従妹である事実は変わらない)。
なんかもうキャピュレット家はモンタギューより昼ドラのようにドロドロしてます。キャピュレットの設定だけでお腹いっぱい。
そんなティボルトの初恋は戦わずして敗れ、手当たり次第に女に手を出してキャピュレット夫人とも愛人関係にある神をも恐れぬ無法状態ですが、ジュリエットに対してだけはただ見守るだけで指一本触れず本心も言えず鬱屈した青春を送ってます。ジュリエットは彼の最後の良心。まさに聖域です。
しかし拗らせすぎた分、その聖域を侵そうとするものには容赦がない。
今までジュリエットに秋波を送った男はティボルトに闇から闇へと葬り去られていたのではないでしょうか。
そんなジュリエットが恋した相手はあろうことかモンタギューのロミオ。それを知った2幕のティボルトは怒り狂います。
モンタギューとキャピュレットの争いは根が深いようですが、きっかけがなんだかはおそらく今や誰も知りません。ただ憎しみだけが代々受け継がれて、言わば生理的嫌悪感のようなもの。
「愛するジュリエットがゴキブリと結婚した」と言われたようなものです。
純情がねじくれすぎて救いようのないティボルトに、なんかもうやり切れなくて毎公演ごと「頼むから誰かティボルトを幸せにしてやって…」と泣きながら願わずにはいられませんでした。
ロミオとティボルトはジュリエットを挟んでちょうど裏表のようです。裕福な家庭で両親から愛され何不自由なく育った街のアイドル・ロミオと、冷たい現実と一族の重い宿命を背負わされたティボルト。
そんなロミオの境遇に元々ティボルトは嫉妬を抱いていたのかもしれない。
ロミジュリは美しいけど、若さと純情はティボルトには果てしなく残酷で、だからこそこの舞台を面白くしているのだと思います。
とにかくどちらも同じ人間だと思えないくらいでした。
ロミオとティボルトは全く違うキャラクターなので、日替わりでそれを若手がやるのはムチャだと思うんですが、それを1番わかっていたのは優さんで、だからこそ初演よりロミオを作り込んできたのはティボルトがあるからだと思いました。
やらせて頂くからには、それだけのものにしなくてはならない。
そしてティボルトとして舞台に登場した瞬間、直感的に「優さんがロミジュリに出るのは、これが最後だろう」と理解しました。
もう登場から私の両目から分厚い滝みたいな涙が流れてました←迷惑
他の若手たちと最早オーラも実力も違いすぎる。
「あなたはキャピュレットの怒れる獅子そのものだわ」
というキャピュレット夫人の台詞、まさに私の心情でした。
人の波を割って中央を歩いてくる様は、黒いライオンが不機嫌に尻尾を揺さぶっているようで、燃えるような眼が底光りしている。あのキラキラお目々のロミオどこ行った。
今やトップスターとして煌めいてるキャストばかりのロミジュリですが、当時はみんなまだ新人で、初演の優さんと同じくたどたどしいところもたくさん見受けられました。
歳こそそんなに変わらないが、優さんはもう新人じゃない。
歌も演技も(この中では)突出して仕上がってる。
悪く言えば浮いている。
ティボルトは影の主役ですが、出番はそんなに多いわけではありません。
しかしこのままではマッッッッジで「ティボルト」になってしまう。
このカンパニーで優さんはもう脇役に着いてはいけないんだ、と思いました。
それでも優さんがひときわキラキラ輝いていたのは、技術的に向上しただけでなく、共演した仲間がいたからこそだと思います。
2010年エリザベートの時みたいに親子のように歳の離れたミュージカル界きってのトップキャストの中にポツンと若造がいるわけじゃない。
君たちと僕とは、兄弟より近しい
共に遊び笑い、青春かけ抜けた
(「僕は怖い」)
ましてやこの歌詞のようにまさに高校時代を共に過ごした尾上松也くんやテニミュでの仲間たちなど本当に優さんにとって大切な記憶を共有しているカンパニーで学生時代のような空気感を呼び起こしつつ舞台に立てたことは、どんなに心強かったことだろう。
私も私が知らない20歳の頃の優さんに少し触れることが出来たような気がしました。
この年代で、このメンバーだったから観られた舞台だと思います。
あんまり好きすぎて、もうこれ以上夢中になって観る城田優の舞台は無いんじゃないかって千穐楽を迎えるのが怖かったです。
この後ファントムとエリザが続くのでロスってる暇すらないんですが(笑)
ちなみにこの時のティボルトのビジュアルは2010じゃなくて2015〜16のトートや新解釈・三国志の呂布の方が近いです。好き。
結局この年のカンパニーだけはちゃんとした音源が残らなかった。
パンフレットを見返しながらも、時々あれは夢だったんじゃないかと思うこともある。
が、しかし。
Mariageを初めて聞いた時、その頃の記憶がブワッと蘇ってきました。
a singer にはAimerも入っているのに、あれはあくまで成長した優さんがロミオとして演じているのであって、Mariageは剥き出しの優さんな気がする。
私の知らない10代の優さんってこんな感じだったのかもしれない。
なんかMariageでの優さんはいつもよりファルセット連発で最初「⁉︎」ってなったんですが、優さんの今の音域の広さならそこまでファルセットに頼らなくても地声でハイトーン出るんじゃないかと思ってました。
それにそこまでファルセットに頼らないといけない楽曲を選ばなくてもいいんじゃないか、とも。
元々舞台とCDとは自ずと歌い方は違うだろうし、ミュージカルとPOPSの歌い方も変えるものだとわかっています。
このアルバムはPOPSのカバーアルバムだけれども、優さんが10代の頃から愛唱していた曲が多く入っていて、この歌い方をベースにしないといけない理由が優さんなりにあったのかな、と思いました。(考えすぎかもしれませんが)
ロミオの時はもしかしたらああいう絞り出すような歌い方しかまだ出来なくて(感情が入ってしまう役というのもある)、今はそこすらもコントロールできること、優さんにとっても胸熱くなる楽曲たちだったことが要因しているのかもしれません。
ロミジュリは若い役者がやるべき演目だけど、実は難曲続きで歌いこなすのは容易ではない作品だと思います。
でもあの年齢のロミオとティボルトを城田優がやったことがエモーショナルだったことが私に対して奇跡に近い感情を抱かせたことを、このCDは思い出させるのです。
あの幼くて直情的でまだ未熟で愚かな行動しかとれなかったからこそ起こった悲劇。でも青春の煌めいた一瞬を見た。若かったからこその技巧を超えた説得力。
そして、一生やれる役じゃないからこんなに美しいのだと、大阪公演の千穐楽まで2幕はずっと涙が止まりませんでした。
終わってほしくなかった。
でもこの演目は後進に譲っていかないといけない。ミュージカルっていずれ世代交代はあるんですが、この演目は特に早くやるべきだと思う。
また本題から逸れますが、あの瞬間を京本大我くんが引き継いでくれるんじゃないかと期待しているのですが、話が長くなってしまったし、再演の情報は何も出ていないし憶測だけ言ってもしょうがないのでここで多く語るのはやめます。
でも、あの奇跡のような煌めく瞬間を彼と彼の同年代のカンパニーがまた見せてくれるんじゃないかと、もう一度あの感動を味わいたいと強く願っています。
完成されていない今だからこそきっと出来るし、今しか見られない気がして。
2013のロミジュリもMariageも、城田優の青春の追憶も多く含まれているけれど、同時にまた未来に向かってる。
このアルバムには少年時代の優さんが愛した曲もあれば、最近の曲のカバーもありオリジナル曲で締めくくっているので、決して昔を懐古しているだけじゃない。
足跡を残しながら、いったい次はどこに向かっていくんだろう。
でも、どんな曲と向き合っても乗り越えられる力は蓄えたのだから、もう不安はない。
成熟に向かって新しい世界へ進んで、また私たちにも見たことない景色を見せてほしいと願っているばかりです。