10:ティボルトとMariage
こんにちはハルコ。です。
我ながら思ってた以上にロミジュリに対して愛が激重で引いてます。
しかもMariageどこ行った?
いや、ちゃんと繋がっていくハズなんでそっとしておいてやって下さい。
おそらく若手俳優に推しを持つ全人類が最も推しに出てもらいたいと願っている演目、ロミオ&ジュリエット。
今回は城田ティボルトです。相変わらずネタバレ注意です。
まずはティボルトとはどういった人物なのか語らせてやってください。
あくまで個人的見解なんで、有識者の方には違った意見もあるかと思いますが。
原作では彼は「ジュリエットの母方の従兄(キャピュレット夫人の兄の息子)」としか出てきません。ロミオの親友マーキューシオと、なんだかわけのわからんケンカしてわけわからんうちにロミオに刺されて死んでます。
が、実はティボルトはミュージカル版においては3人目の主役と言える重要な役なのです。
ある意味主役でも良いくらい。ミュオタ仲間の間ではロミオ派とティボルト派に分かれることもあり、ロミ&ジュリのイチャイチャはどーでもいい過激派からはタイトル「ティボルト」と呼ばれることもあります。←暴言
ここではティボルトの人物設定は大きく付け加えられていて、原作と同じく相当ヤサグレているようですが、さらに具体的に作られていて、加藤ティボルトがオンナをたらし込んで食わせてもらってるようなら、城田ティボルトはカツアゲとタカリで食ってるような感じでした(伝われ)
キャピュレット卿に「働け」と言われていましたから、まあ当たらずとも遠からずでしょう。
一見不良の権化のような彼は従妹のジュリエットに密かに恋していることになっています。しかしキャピュレット家では従兄妹同士の結婚はタブーとされている。これは私の解釈では、キャピュレット家が過去に近親婚を繰り返していた経緯があるのではないかと思っています。言及はありませんが、ティボルトはキャピュレット夫人の甥なのに跡取りであることはキャピュレット夫妻も遠い縁戚関係があるのではないかと思えること、実の叔母と甥が男女関係にあることは、古代によく見る財産を守るための血族結婚をしていた以上に、この一族の恋愛嗜好が同族に惹かれやすい傾向があるような気がします。
正義感の強かった少年が愛する従妹だけは結婚を許されないと知って荒んでいくことは舞台の中から読み取れます。
キャピュレットでは兄が妹に想いを抱くような禁断の恋ですから。
ジュリエットもまた卿の実の娘ではないことを母から知らされます(でもティボルトと従妹である事実は変わらない)。
なんかもうキャピュレット家はモンタギューより昼ドラのようにドロドロしてます。キャピュレットの設定だけでお腹いっぱい。
そんなティボルトの初恋は戦わずして敗れ、手当たり次第に女に手を出してキャピュレット夫人とも愛人関係にある神をも恐れぬ無法状態ですが、ジュリエットに対してだけはただ見守るだけで指一本触れず本心も言えず鬱屈した青春を送ってます。ジュリエットは彼の最後の良心。まさに聖域です。
しかし拗らせすぎた分、その聖域を侵そうとするものには容赦がない。
今までジュリエットに秋波を送った男はティボルトに闇から闇へと葬り去られていたのではないでしょうか。
そんなジュリエットが恋した相手はあろうことかモンタギューのロミオ。それを知った2幕のティボルトは怒り狂います。
モンタギューとキャピュレットの争いは根が深いようですが、きっかけがなんだかはおそらく今や誰も知りません。ただ憎しみだけが代々受け継がれて、言わば生理的嫌悪感のようなもの。
「愛するジュリエットがゴキブリと結婚した」と言われたようなものです。
純情がねじくれすぎて救いようのないティボルトに、なんかもうやり切れなくて毎公演ごと「頼むから誰かティボルトを幸せにしてやって…」と泣きながら願わずにはいられませんでした。
ロミオとティボルトはジュリエットを挟んでちょうど裏表のようです。裕福な家庭で両親から愛され何不自由なく育った街のアイドル・ロミオと、冷たい現実と一族の重い宿命を背負わされたティボルト。
そんなロミオの境遇に元々ティボルトは嫉妬を抱いていたのかもしれない。
ロミジュリは美しいけど、若さと純情はティボルトには果てしなく残酷で、だからこそこの舞台を面白くしているのだと思います。
とにかくどちらも同じ人間だと思えないくらいでした。
ロミオとティボルトは全く違うキャラクターなので、日替わりでそれを若手がやるのはムチャだと思うんですが、それを1番わかっていたのは優さんで、だからこそ初演よりロミオを作り込んできたのはティボルトがあるからだと思いました。
やらせて頂くからには、それだけのものにしなくてはならない。
そしてティボルトとして舞台に登場した瞬間、直感的に「優さんがロミジュリに出るのは、これが最後だろう」と理解しました。
もう登場から私の両目から分厚い滝みたいな涙が流れてました←迷惑
他の若手たちと最早オーラも実力も違いすぎる。
「あなたはキャピュレットの怒れる獅子そのものだわ」
というキャピュレット夫人の台詞、まさに私の心情でした。
人の波を割って中央を歩いてくる様は、黒いライオンが不機嫌に尻尾を揺さぶっているようで、燃えるような眼が底光りしている。あのキラキラお目々のロミオどこ行った。
今やトップスターとして煌めいてるキャストばかりのロミジュリですが、当時はみんなまだ新人で、初演の優さんと同じくたどたどしいところもたくさん見受けられました。
歳こそそんなに変わらないが、優さんはもう新人じゃない。
歌も演技も(この中では)突出して仕上がってる。
悪く言えば浮いている。
ティボルトは影の主役ですが、出番はそんなに多いわけではありません。
しかしこのままではマッッッッジで「ティボルト」になってしまう。
このカンパニーで優さんはもう脇役に着いてはいけないんだ、と思いました。
それでも優さんがひときわキラキラ輝いていたのは、技術的に向上しただけでなく、共演した仲間がいたからこそだと思います。
2010年エリザベートの時みたいに親子のように歳の離れたミュージカル界きってのトップキャストの中にポツンと若造がいるわけじゃない。
君たちと僕とは、兄弟より近しい
共に遊び笑い、青春かけ抜けた
(「僕は怖い」)
ましてやこの歌詞のようにまさに高校時代を共に過ごした尾上松也くんやテニミュでの仲間たちなど本当に優さんにとって大切な記憶を共有しているカンパニーで学生時代のような空気感を呼び起こしつつ舞台に立てたことは、どんなに心強かったことだろう。
私も私が知らない20歳の頃の優さんに少し触れることが出来たような気がしました。
この年代で、このメンバーだったから観られた舞台だと思います。
あんまり好きすぎて、もうこれ以上夢中になって観る城田優の舞台は無いんじゃないかって千穐楽を迎えるのが怖かったです。
この後ファントムとエリザが続くのでロスってる暇すらないんですが(笑)
ちなみにこの時のティボルトのビジュアルは2010じゃなくて2015〜16のトートや新解釈・三国志の呂布の方が近いです。好き。
結局この年のカンパニーだけはちゃんとした音源が残らなかった。
パンフレットを見返しながらも、時々あれは夢だったんじゃないかと思うこともある。
が、しかし。
Mariageを初めて聞いた時、その頃の記憶がブワッと蘇ってきました。
a singer にはAimerも入っているのに、あれはあくまで成長した優さんがロミオとして演じているのであって、Mariageは剥き出しの優さんな気がする。
私の知らない10代の優さんってこんな感じだったのかもしれない。
なんかMariageでの優さんはいつもよりファルセット連発で最初「⁉︎」ってなったんですが、優さんの今の音域の広さならそこまでファルセットに頼らなくても地声でハイトーン出るんじゃないかと思ってました。
それにそこまでファルセットに頼らないといけない楽曲を選ばなくてもいいんじゃないか、とも。
元々舞台とCDとは自ずと歌い方は違うだろうし、ミュージカルとPOPSの歌い方も変えるものだとわかっています。
このアルバムはPOPSのカバーアルバムだけれども、優さんが10代の頃から愛唱していた曲が多く入っていて、この歌い方をベースにしないといけない理由が優さんなりにあったのかな、と思いました。(考えすぎかもしれませんが)
ロミオの時はもしかしたらああいう絞り出すような歌い方しかまだ出来なくて(感情が入ってしまう役というのもある)、今はそこすらもコントロールできること、優さんにとっても胸熱くなる楽曲たちだったことが要因しているのかもしれません。
ロミジュリは若い役者がやるべき演目だけど、実は難曲続きで歌いこなすのは容易ではない作品だと思います。
でもあの年齢のロミオとティボルトを城田優がやったことがエモーショナルだったことが私に対して奇跡に近い感情を抱かせたことを、このCDは思い出させるのです。
あの幼くて直情的でまだ未熟で愚かな行動しかとれなかったからこそ起こった悲劇。でも青春の煌めいた一瞬を見た。若かったからこその技巧を超えた説得力。
そして、一生やれる役じゃないからこんなに美しいのだと、大阪公演の千穐楽まで2幕はずっと涙が止まりませんでした。
終わってほしくなかった。
でもこの演目は後進に譲っていかないといけない。ミュージカルっていずれ世代交代はあるんですが、この演目は特に早くやるべきだと思う。
また本題から逸れますが、あの瞬間を京本大我くんが引き継いでくれるんじゃないかと期待しているのですが、話が長くなってしまったし、再演の情報は何も出ていないし憶測だけ言ってもしょうがないのでここで多く語るのはやめます。
でも、あの奇跡のような煌めく瞬間を彼と彼の同年代のカンパニーがまた見せてくれるんじゃないかと、もう一度あの感動を味わいたいと強く願っています。
完成されていない今だからこそきっと出来るし、今しか見られない気がして。
2013のロミジュリもMariageも、城田優の青春の追憶も多く含まれているけれど、同時にまた未来に向かってる。
このアルバムには少年時代の優さんが愛した曲もあれば、最近の曲のカバーもありオリジナル曲で締めくくっているので、決して昔を懐古しているだけじゃない。
足跡を残しながら、いったい次はどこに向かっていくんだろう。
でも、どんな曲と向き合っても乗り越えられる力は蓄えたのだから、もう不安はない。
成熟に向かって新しい世界へ進んで、また私たちにも見たことない景色を見せてほしいと願っているばかりです。